MY 50's STYLE

50代、飲み屋店主の生き方。

井上陽水さんが、華丸大吉さんの番組にゲストで登場。「陽水ワールド」全開です。

お疲れ様です。KIMAMASTERです。

 

先日テレビで、華丸大吉さんの番組に井上陽水さんがゲストで出ているのを拝見しました。

博多の屋台でのトークシーン。ともに福岡出身ですね。

 

相変わらず面白い、陽水ワールド。

マイペースで、まったりとしたトークが、何とも言えない雰囲気を作ります。

 

陽水さんと華丸大吉さんの出会いエピソード。

娘さん(依布サラサ)のレコーディングに華丸大吉さんが参加したのがきっかけ。

そこでのエピソードをひとつ。

陽水さんには3つの「恐怖症」があって、

  1. 初対面恐怖症
  2. 芸能人恐怖症
  3. 娘さんが同席している恐怖症

その現場では、三重苦でほとんど喋れなかったそうです。

昔から陽水さんを見ていると、妙に納得出来てしまいます。

 

プロデビューしたエピソード。

高校を卒業して、大学受験のために浪人していた陽水さん。ラジオ局に送った1本のデモテープ?がきっかけでレコーディングの話が来ます。

そのテープ、ひと工夫したそうです。

カセットレコーダーを2台使って、1台で自分の歌を流し、それに自分でハモったものをもう1台で録音したとのこと。

ラジカセ(死語?)で再生ボタンと録音ボタンを同時に押して、カセットテープに録音する…。そんな1980年頃の風景が蘇ります。

 

ただ陽水さん、今でも楽譜は読めないし、当時はギターコードもよく分からなかったそう。

もともと「たぶらかし」「なりすまし」だったなんて自虐的に言ってましたが…。

芸能の世界って、そんなものではないでしょうか?

  

福岡から東京へ。そしてデビュー。

陽水さんが、最初にデビューしたときの芸名ってご存知でしょうか?

 

ほとんど知られていませんが、最初の名前は

アンドレ・カンドレ」

そして、デビュー曲は

「カンドレ・マンドレ」

振り返って「要するにナメてたね」って言ってました。

 

その名の由来は…。

  1. 当時、ビートルズの「オブラディオブラダ」が流行っていた。(呪文のよう)
  2. 当時、北杜夫の本をよく読んだ(著者は「どくとるマンボウ」との別名)
  3. 当時、麻雀をやっていて「暗カン・ドラドラ」から。(これが本線でしょう)

この辺りが相まって「アンドレ・カンドレ」になったとのこと。

あんまりマジで、ガチで出ていくのが、照れくさかった、その「照れ隠し」だったのでしょうね。シャイなところがあります。ちょっと隠すというか、煙に巻くというか、おちゃらけてみるとか、そんなところがあるんです。

 

そして、本名へ。

3枚のシングルを出したが、売れなかった。

「本名の方がいいのでは?」という周囲の声。

 

時に現場で、

アンドレです。お願いします。」

「お疲れ様です。あれ?カンドレさんはどこ?」

…。そんなやりとりにも少々嫌気がさした。

 

で、本名に戻すことになりますが、本名では

「ようすい」ではなく「あきみ」と読む。

これはさすがに読めないので「ようすい」で行こうと。

 

その後、折からのフォークブームに乗って浮上。

そして3枚目のアルバム「氷の世界」が、日本で最初のミリオンセラーを記録します。

 

デビューアルバム「断絶」。「傘がない」収録。

断絶

断絶

 

 

 3枚目のアルバム「氷の世界」。「心もよう」収録。

氷の世界

氷の世界

 

 

・・・・・

 

この後、奥田民生さんとの出会い、名曲「少年時代」のエピソードなどが語られましたが、長くなってしまうので、次回に続きます。

 

本日もお読み頂き、ありがとうございます。